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零私記

狼逃苦肉の策でブログになった cada dia que pasa, pierdo algo. ichaqa, hamuq pachapiqa chaxru k'uychi kanqapunichá.

天国と地獄、そして煉獄

2006 年 06 月 09 日
 煉獄とは、天国と地獄の間にあり、罪をあがなうまで苦しみを受け、浄化される場所である。

一見、まるで地獄なのではと思えてしまう。 では、天国と地獄とは。

天国とは、死後の霊が行く場所である。
地獄とは、罪を悔い改めない者が行く場所である。

さて、ここで問題が生じる。

煉獄では、罪をあがない、浄化される。
しかし、罪人の行く地獄が用意されている。
地獄に行く霊など、いるのだろうか。

煉獄での相手は(おそらく)神であり、無限時間、苦行を与える事が可能である。
つまり、いくら罪があろうと、あがなわせる事が出来る。
煉獄を出た時点で残った罪は無いのである。

しかし、定義をよく見ると、地獄は罪の有無ではなく、悔い改めるかどうかなのだ。
神々の苦行を受けてなお、罪を犯す心がある者は、地獄に行くのである。
問題は無い事になる。

ところがだ。神々の苦行を受けてなお、罪を犯そうとする強者がいるのだろうか。
いや、いなければ地獄など存在しない。 つまりいる。

これは、神でさえ止められない罪人がいるという事である。
真の罪人は、神より強し、なのである。

ただ、この神は煉獄限定である。
天国地獄に、煉獄以上の神がいる可能性は否定できない。

ならば、なぜ初めから強い神に煉獄を担当させないのか。
これは、苦行面で秀でた神はやはり煉獄にいるからなのではないか。

つまり、罪人を反省させる事に関して、人は神を超える、という事である。

何より、生きている内から、罪など犯さないように強制すれば良いのだ。
それが出来ない、という事は、所詮神はその程度なのである。

以上、煉獄にみる神の偉大さの限界でした。

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