「実はさ俺、なりたい職業があるんだよ」
「へえ、初耳」
「昔からさ、何か、憧れてたっていうか何ていうか」
「ああ、あれだよ、お笑い芸人」
「違うよ」
「はっ、大阪行くために高校行かねえって言ってたのはどこの誰だよ」
「まあ、そんな時もあったんだけど」
「あれか? プログラマー。高校じゃなく専門の学校行くとかも言ってたな」
「何かと影響されやすい質で。しかも単なる夢と本気の区別がついてなかった」
「面倒くせえ野郎だな」
「まったくだ」
「で、そいつは何なんだ。それも夢なんじゃないのかよ」
「んー、幾分現実的っていうか。それに社会についても色々わかってきたし、ってのでの結論」
「プログラマーは現実的じゃねえのかよ」
「ありゃ駄目だ。30過ぎたら能無しはリストラ。厳しい世界だった。
今のは、それなりに安定してるし、終身雇用に近いヤツ」
「んじゃそれでいいじゃんか」
「しかしこれがまた狭き門でね。夢追っかけてる内に金が無くなりそうだ。
だったら普通の安定した職業のほうがいいのかもしれん」
「それは人それぞれじゃねえか。苦しくても夢追いかけてるほうがいい奴と、
ちゃんとした生活が最優先の奴」
「それはそうだけど。そうなんだけどさ、うん。俺はどっちなのかな」
「どっちかっていうと、どっちでもないな」
「それじゃ意味ないだろうが」
「なんつうか、夢を追いかけなくても、まあいいか、みたいな淡白な奴。
かと言ってちゃんと生活してなくてもいいか、っても考えてる」
「それは、あるかもね。結局大阪には1度も行ってないわけだし、行こうとも思ってないし。
現状、将来のために何もしてない駄目な奴だし」
「お前のイメージはさ、あん時のお前なんだよ。結局は何もしなかったんだろうが、
好きなもんは好き、そっちに向かって走ってく、みたいな。
うるさいし迷惑だったが、あれはあれで凄い奴だなって思ってたよ」
「それがどう転んで今みたいになったんだろうね」
「まあ、今でも好き嫌いはハッキリはしてるんだろうがな。
情熱、みたいなもんが無いんじゃないか」
「情熱かあ。そんな物あったけなあ?」
「なんつうか、今よりこの変化のほうが心配だよ。何かあったのか、あれから」
「いやほら、あの時は色々あったわけだよ、精神科に通ってたし」
「そういや、そんな事言ってたっけ」
「高1までは行ってて。それからは普通に生きてきたんだけど、
普通に生きてみて、世の中甘くないわなあ、って感じかなあ」
「はあ、なるほど。つまりお前はあれだ、夢に敗れて失意のどん底ってやつだよ」
「……、ああ、そうか。そうなのかも。俺は、くじけていたんだな…」
「でもよ、お前も若いんだから、いい加減立ち直ったら?
おっさんじゃねえんだから、まだ立ち直れんだろうよ?」
「どうなんだろうね。それとも、立ち直ったから、考えが変わったのかな」
「ああ、そういやなりたい職業って何よ」
「いや、それもやめるわ」
「はあっ?」
「またくじけたくないし」
「んじゃどうすんだよ?」
「全部諦めるわ。真っ当に生きる事も諦めて、したい事も何もかも諦めて」
「?」
「そして、真っ当に生きる」
「お前、意味わかんねえ」