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零私記

狼逃苦肉の策でブログになった

異文化コミュニケーションとカタカナ

2006 年 06 月 11 日
 外国で生まれた言葉を自国に持ち込む場合、どうするか。
日本では、カタカナという便利な物があるため、ほぼそのままの言葉で取り入れる事が出来る。
おかげで、意味合いもそのままに、言葉の語源などのニュアンスも伝わる。
古来から、海外の様々な文化を取り込んできた日本らしさが、ここにあると言える。

 しかし、これは問題もあるのではないか。
外国の言葉を、日本語に直しやすくする事で、外国語を学ぶ理由が減るのである。
あらゆる外国語が日本語で表記できるので、外国語を知らない事に問題が起こらない。
日本で英語が浸透してこなかったのは、このためでもないのか。
(発音が別物なため、耳やノドの発達が異なるためと言われている)

 諸外国の言語は、”漢字”もしくは”ひらがな”のどちらかしか存在しない。
このためやむを得ず、外国語を学んでいくのではないか。
勿論、外国と陸地で隣接している場合が多く、コミュニケーションが必要になるからでもあるが。

 カタカナという存在を、良い物ととらえるか、悪い物ととらえるか。
弊害が外国語の学習のみとは言え、それはやはり一概には言えないだろう。
ただ、日本という国を語る上で、これほどらしさを表している物はそうないのではないだろうか。
”コミュニケーション”を日本語にすると、意思の疎通、となる。(翻訳:情報の伝達)
しかし、”コミュニケーション”が表すニュアンスを伝えるには後者では不十分に思える。

”ニュアンス”を日本語にすると、表面的でない微妙な意味、となる。(翻訳:微妙な違い)
しかし、”ニュアンス”が表すニュアンスを伝えるには後者では不十分に思える。(そうでもない?)

カタカナの利点は、こういう事だろう。
しかし、アルファベットやその発音無しに表記出来ているのは、問題である。

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